森薫『エマ』1〜3巻 BEAMCOMIX


ありがちなメイドさん萌え漫画を予想したのに、全然違った。メイドさんメイドさんでも、ここに居るのは正真正銘の「maid」さん。

舞台は19世紀末、英国はロンドン。産業革命に代表される変化が押し寄せつつあるとはいえ、いまだ厳格な階級差が人々の生活全般を律している。ロンドンにいかにも灰色の雲が似合っていて、なぜか懐かしい気分にさせられてしまう。そんな時と場所で、町でも噂の美貌を持つメイド・エマと、ジェントリのジョーンズ家の跡取り息子・ウィリアムが、次第に心を寄せ合ってゆくが……というストーリー。

エマの表情がたまらなく良い。いつも寡黙で感情がなかなか読み取れない。それはウィリアムとの仲に階級差が影を落とすようになっても変わらない。読んでいてもどかしくもある。しかし、その表情の意味がいつのまにか腑に落ちてくる。そもそも、メイドと上流階級の恋愛など夢物語なのだ。諦めてしまって当然、それは「悲劇」というロマンチックなものなどでは絶対ない。無表情の向こうが理解できてしまったとき、エマを通して「19世紀末のロンドン」の空気がものすごくリアルに感じられてくる。

エマに限らず、時代考証が云々とか現実的歴史的にどうこうを越えて(時代考証もしっかりしているが)、人や町がページの中でたしかに息づいているのが分かる。エマとウィリアムがクリスタル・パレスのなかから見上げた満月。ターシャがぼやきながら汽車の窓から視線をただよわせた丘。どちらも、ふと時代の向こう側を眺めてさまよい出てしまい、時代を外から眺めてしまっている視点である。こんなことまで描けるマンガは、そう簡単には見つからない。

作者は外から断罪したり利用したりするのではなく、徹底的に内から見つめている。つまり「19世紀末のロンドン」に公平なマンガなのだろうと思う。

という訳で、滅茶苦茶続きが楽しみなマンガの一つに文句なしランクイン。